病院で発見された「恥ずかしいレントゲン写真」をきっかけに広がる疑心暗鬼と、ソウル各地に現れた巨大なシンクホールの謎を、病院の水槽にいるナマズの視点も交えて描く。看護師ユニョンをイ・ジュヨン、副院長ギョンジンをムン・ソリ、ユニョンの恋人ソンウォンをク・ギョファン、ナマズの声をチョン・ウヒが演じる。
共演はパク・ギョンヘ、ドン・ヒョンベ、クォン・ヘヒョほか。
❔何が何だかわからない、掴みどころのない韓国映画
感想『なまず』レビュー
韓国映画『なまず』は、ソウルの病院を舞台にした一風かわった、突飛とも言える不思議なインディーズ作品である。監督のイ・オクソブにとっては、初の長編デビュー作品らしい。まぁ全然に知らん監督なんだけど。釜山国際映画祭や大阪アジアン映画祭では注目を集めたらしい。良い意味で注目されたのか、悪い意味で注目されたのかも知らん。
実際に視聴してみて私が抱いたのは、「とにかく掴みどころがない」「何が何だかわからない」というのが正直な気持ちだ。わからないものをわかったつもりで書くよりも、わからないならわからないなりにわからないと正直に書くのが読者へのせめてもの礼儀というものだ。だから、本作を観ようか迷っていたり、解説を希望して当ブログを開いたりした人には申し訳ない。最初に謝っておく。そんな内容は一切ない。
映画『なまず』は、私には全く理解できなかった。普通の映画のようにストーリーを理解して整理するよりも、説明できない不安や不可解さをそのまま受け入れるほかない。そういう作品だと感じた。
奇妙な「噂」「昔話」「シンクホール(地盤沈下)」といった出来事がストーリー自体を翻弄し、やがて私自身も不条理な空気に巻き込まれていく。正体は明かされないまま、しかし不安だけが揺れている。――そんな異様な体験を味わえる映画である。これは一種の反演劇(鑑賞者の存在を前提としない視覚的体験を追求する性質)のような感覚だ。
哲学的な作品なのか?いろいろな他の人の書いたレビューを参考のために読んではみたものの、やっぱりさっぱりワカラナカッタ。少なくとも本作『なまず』は、視聴者に謎解きを提示するものではなく、むしろ「説明できない不安」を目の当たりにさせるのが目的にあるような気がする。作中でも登場人物が様々な「不安」と対峙するから、私の直感はイイ線いっているのではないか。
『なまず』は、難解で不可思議な韓国映画を求める人には、一度体験してみる価値があるかもしれない。逆にストーリーの明快さや答えを求める人には不向きだろう。いずれにせよ、監督のデビュー作としては強烈な印象を残す作品である。
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『なまず』あらすじ
街灯の下に現れる不気味な影、意味不明の張り紙、そして耳を疑うような体験談。誰かが作り話をしているのか、それとも本当に不可解な現象が起きているのか、真実は判然としない。
やがてその噂は病院に勤める人々の間にも浸透し、ユニョンとソンウォンの関係にまで影を落としていく。日常は確実に揺らぎ始め、病院という「安心の象徴」は逆に不安を増幅させる舞台へと変貌していくのだった。
『なまず』のテンポとリズムについて
韓国映画『なまず』の展開テンポは、一般的なドラマ映画のようにスムーズではなく、むしろ「のらりくらり」といったカンジ。テンポと呼ぶよりはリズムというべきか。そのリズムも、不協和で統一性がまるでない。それが悪いというわけではなく、そんなリズムが好きな人もいるだろう。もちろん、苦手な人もいるとは思うが。
ある程度ストーリーが進むごとにサブタイトルのようなものが挿入され、一見するとオムニバス映画のような印象を与える。しかし実際には断片的に切り替わるのではなく、全体として一つの連続したストーリーを形成している。
河合優実主演の『ナミビアの砂漠』のような映画かな?とも思ったが、私はそのテーマ性を自分なりに解釈できた。できたというより、解釈した。
だが韓国映画『なまず』はどうだ。『ナミビアの砂漠』が「感じたままでいい」と受け止められる作品であったのに対し、『なまず』は「感じたものが何もない」という感覚さえ残す。空虚さそのものを提示する映画だとも言えるだろう。それはつまり、何もない感じは”ある”ということになるが、しかしながら何もない感じでレビューを書けるほど私にセンスはない。まさに本作の本質がそこにある。
読者も「一体全体、何を言いたいのだろう?」と思うかもしれない。つまりはそれが答えである。察してほしい。本映画作品はそんな一本だ。
『なまず』を理解する鍵はインディーズ映画という点にある
予備知識のないまま本作を視聴し始めると、前述のとおり奇妙で理解しにくい印象を受ける映画である。私は「全く理解できなかった」と率直に書いたが、しかしそもそも当ブログの本来の意義は、ブログを書くことによって私自身が映画をより深く理解することを目的としている。そういう意味で、『なまず』が難解であっても、書いている文章が自分でもさっぱりわからなくても、このまま書き綴るのだ。レビューを書く行為そのものが、意味を持つ。私にとっては。
ひとまず、なんとなくわかることから書いていこう。
インディーズ映画ならではの自由さ
本作を理解する上で重要なのは、「インディーズ映画である」という点だと私は考えてみた。協賛や提供がないわけだから、作り手が好きに描けるわけである。ヒットさせようとか、賞を取ろうとか思わずに製作できる。実際にどう思ってたかは知らんけど。
つまりは、”自由”である。大手資本やなんていうか商業作品としてのしがらみから解放され、好き放題できるわけである。よって、作家性や実験精神が優先されているように見える。結果として作品全体に抽象画のような「説明できない違和感」や「独特の空気感」、意味を断定できない揺らぎが全編に広がっているのだ。いや、本当のところはどうかわからんよ?何度も言うけど。
タイトル「なまず」に込められたメタファー
そしてタイトル「なまず」に込められたメタファー(隠喩)。自己性や流儀によって積み上げられたものは、商業映画の整ったフォーマットとは違い、インディーズならではの実験精神から来ているかもしれない。
不条理映画としての独自性
韓国映画『なまず』は単なる精神不安性や不条理劇にとどまらない。インディーズ映画の自由奔放さが、不安をそのまま視聴者に委ねるという独特のスタイル、あるいは自分勝手さを体現したスタイルを可能にした。だからこそ鑑賞後も、心の奥に小さな震源が残り続けるのだ。「なまず=地震の予知」みたいに。
「なまず」が意味するもの
烏賊(いか)は、じゃなかった鯰(なまず)だった。以下は、韓国映画『なまず』のタイトルとしての意味を考察する。
本タイトルは、単純な奇をてらったものではなく、この映画を読み解くカギとして置かれているように思う。作中に実際に登場する”なまず”は、次のような意図を狙っていると考えられる。
揺れのメタファー
民間伝承で「地震を予知する」あるいは「地震を起こす」とされるように、日本と同じように韓国でもなまずは予期せぬ揺れを呼ぶ存在とされる。映画の中で広がる噂や不可解な出来事は、この”揺れ”そのものを映し出しているようだ。安定していたはずの日常が、根拠のない不安で崩れていく。
恋愛の不安定さ
主人公カップルの関係もまた、噂に揺さぶられる。相手を信じ切れるのか、それとも疑ってしまうのか。恋に伴う繊細微小な不安定さが、なまずと重ねられている。
社会の不信の象徴
病院という秩序ある空間でさえも、噂が浸透していくことで不安に覆われていく。なまずは、フェイクニュースや都市伝説のように、社会全体を揺らす”見えない震源”のたとえ話であるようにも思える。
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このように、「なまず」という存在は、個人の恋愛の不安定さと社会の集団的不安を二重に象徴している。だからこそタイトル自体が、この映画をどう受け取るかの指針のなっているのではないかと私は考える。

こんな人にオススメ!
- 難解なインディーズ映画や不条理劇を好む人
- ハリウッドや商業映画にはない独特の雰囲気を味わいたい人
- 哲学的・抽象的なテーマに興味がある人
- 韓国映画の新しい表現を体験してみたい人
まとめ:『なまず』レビューの締めくくり
イ・オクソブ監督の長編デビュー作である韓国映画『なまず』は、決して万人向けするような作品ではない。物語は不協和音のように進み、理解不能な感覚を視聴者に与える。しかし、その不可解さこそが本作の魅力であり、インディーズ映画だからこそ実現できた自由な不条理表現と言えるのかもしれない。
「意味を求めても答えがない」という体験そのものが『なまず』のテーマであり、視聴後も心に小さな揺らぎを残す。難解映画に挑戦したい人には、ぜひ体験してみて欲しい一本である。
映画『なまず(2022年)』の作品情報まとめ(監督・キャスト・配信情報など)
- 監督:イ・オクソプ
- 出演:イ・ジュヨン、ク・ギョファン、ムン・ソリ
- 公開年:2019年
- 上映時間:88分
- ジャンル:青春、恋愛、考えさせられる
