のんびり映画帳

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なぜ9,500ドル?『テルマがゆく!』ネタバレ考察|実話ベースの真相

監督・脚本をジョシュ・マーゴリンが務め制作された、2024年6月21日公開(原題:Thelma)のアクション・コメディ映画。
監督の実祖母の体験を基に、オレオレ詐欺の被害に遭い1万ドルをだまし取られた93歳の女性が、お金を取り戻すため、旧友の老人を巻き込み電動スクーターでロサンゼルスの街を駆け巡る姿を描く。主人公のテルマをジューン・スキッブ、孫のダニエルをフレッド・ヘッキンジャー、旧友のベンをリチャード・ラウンドトゥリーが演じる。
共演はパーカー・ポージー、クラーク・グレッグ、マルコム・マクダウェル、ニコール・バイヤーほか。

👵🏼93歳、だまされたままでは終わらない

映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』感想レビュー|実話ベース?銃も撃つ?

93歳の女性が、だまし取られたお金を取り返しに行く――。この設定だけ聞くと、ほのぼの系の高齢者コメディを想像するかもしれない。

しかし『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』は、単なる癒やし映画ではない。物語の核にあるのは「老い」と「自立」である。

家族から心配され、半ば管理される存在になりつつある93歳のテルマ。それでも彼女は、自分の問題を自分で解決すると決める。これは痛快な復讐劇というより、“尊厳を取り戻す物語”である。

派手なヒーローアクションではない。身体能力も万能ではない。だが、現実的な危うさの中で銃まで登場する展開には、アメリカ社会らしい緊張感もある。

実際のところ、彼女がやっているのは「復讐」ではなく、奪われたものを取り返しに行くだけである。だがその行為は、家族への静かな反抗であり、社会への小さな抵抗でもあったのだ。

 

ジャンキーなおばあちゃんが主人公。ジャンキーって意味知らんけど。

日本でも90歳の高齢者映画があった気がする。

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日本映画の『九十歳。何がめでたい』のように高齢女性が主役という点では共通するが、方向性はまったく異なる。本作は再出発の物語ではなく、“自分の足で立ち続ける”ための行動劇なのだ。

笑いはある。しかし同時に、老いと自立という現実も突きつけてくる。観終わったあと、静かに自分の人生を考えさせられる一本でもあった。

※本レビューはネタバレを含みます!

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『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』あらすじ

93歳のテルマは、ある日オレオレ詐欺のような電話にだまされ、大金を失ってしまう。家族からは「もう歳なのだから」と心配されるが、彼女は泣き寝入りを選ばない。
自分のお金は自分で取り戻す――そう決めたテルマは、旧友の助けを借りながら、詐欺師を追う“ささやかな復讐”の旅に出る。
高齢であることを弱さではなく武器に変え、知恵と度胸で立ち向かう姿を、ユーモアと温かさを交えて描くアクション・コメディである。

静かに派手な90分|テンポとユーモアのバランス

映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』は派手ではない。いや、派手かな?うんちょっと派手。いわば、「静かに派手」な作品である。

昔通っていた喫茶店のカレーを思い出す。辛すぎず甘すぎず、どこにでもありそうな味わい。それでも、時折「シャリッ」と潰れる玉ねぎが心地よいアクセントになる。主張は強くないが、確実に印象に残る。本作もまさにその感覚である。

上映時間は実質約90分ほど。海外映画としてはコンパクトで、物語は無駄なく進む。主人公は93歳であり、動きは決して俊敏ではない。それを視聴者は見守りながら鑑賞するわけだが、それでもテンポは驚くほど良い。ゆっくりなのに間延びしない。この絶妙なリズムが心地よい。

コメディ要素も秀逸である。街中で親しげに会話を続けておきながら「全然知らない人よ」と言い放ったり。ゴキブリに驚いて銃を暴発させるが、周囲も高齢者ばかりで誰も気づかなかったり。老人であることを弱さではなく“武器”に変えるシルバージョークが、観る者の笑いを誘う。

しかし本作は単なる高齢者コメディではない。後半に進むにつれ、自立というテーマが明確になる。テルマを心配し管理しようとする家族と、「まだ自分でできる」と考える彼女の対立。さらには古い友人との”高齢者としての”価値観の衝突も描かれる。

笑えて温かい。それでいて、老いと尊厳という現実的な問題を真正面から提示する。自分にはまだ遠い話と受け取るか、それとも未来の自分事として考えるか。本作は観る者に静かな問いを残す映画作品であった。

 

『テルマがゆく!』は実話?エンドロールの“本人”の正体

本作を観て、気になった人もいるだろう。『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』は実話なのか?という疑問である。

私も思った
 

エンドロールで主演ジューン・スキッブとは別の高齢女性が登場し、作中と同じ台詞を語る。

「見て。木が曲がっている。でも生きているのよ。」

そして表示される「テルマに捧ぐ」のメッセージ。この演出が、視聴者に“実在の人物なのではないか”という印象を与える。

この老婆は誰だ?実在するテルマ本人か?答えはYES。監督・脚本ジョシュ・マーゴリンの実祖母である。

本作は、監督の祖母が実際に振り込め詐欺の被害に遭いかけた体験から着想を得て制作されたらしい。したがって、厳密な意味での実話映画ではない。しかし、出発点に現実の出来事がある“実話ベースのオリジナル脚本”という位置づけが正確である。

この事実を踏まえると、作品全体に漂う妙なリアリティにも納得がいく。93歳の女性が詐欺に立ち向かうという一見「まさか」のストーリーでありながら、テルマを心配する家族、そしてそれを煩わしく思うテルマの気持ち、デジタル機器に対するもどかしさ、亡き伴侶への想いといった描写がやけに具体的である。

老人ホームの空気感や、老いをめぐる会話のニュアンスも誇張ではなく生活の延長線上にある。コメディとして笑わせながらも、細部は驚くほど地に足がついていた。

なんだか、祖母や祖父が近くにいる感覚。だから温かい。自身の、祖父母との記憶が呼び起こされる。

いやまぁ、まだ生きてるんだけど
 

本作は観終わったあと、「家族とは何か」「老いとは何か」を静かに問いかける映画なのだ。あるいは、いつかの自分の姿が重なる。その感覚こそが、この作品を観る意味なのかもしれない。

 

なぜ1万ドルではなく9,500ドル?ラストの500ドルの意味

※ここからネタバレを含みます!

映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』でもう一つ、私が気になったところがある。ラストシーンの手前、テルマが詐欺組織のアジトに乗り込んで、盗られた10,000ドルを取り返す場面だ。

しかしなぜか、彼女は10,000ドル全額を取り戻せば良いものを、9,500ドルで勘弁してあげる。残り500ドルを相手に残すのだ。テルマに何の目的があってそうしたのか?

考えてみた結果、いくつかのロジックが生まれた。

① 老いと老いの対峙だったから

もし相手が冷酷な若い詐欺グループのボスなら、視聴者は満額回収を期待する。

だが本作の主犯格は、テルマと同じ“老いの側”に属する人物であった。しかも身体は弱く、生活も逼迫(ひっぱく)していそうに描かれている。

これは善悪の単純な対決ではない。老いと老いの衝突である。その構図では、制裁感情は純粋になりにくい。

② 哀れみというより「線引き」

相手は犯罪者だが、同時に社会の隙間に落ちた弱者でもある。さらにはテルマよりも体が弱く、あれを何と呼ぶのかは知らないが、簡易的な生命維持装置を鼻に付けていた。

テルマは「私はあなたとは違う」と証明したかったのであって、「あなたを破滅させたい」わけではない。

500ドルを残す行為は、

  • 情け
  • 距離の取り方
  • 自分が復讐者にならないための線引き

その複合であると読める気がする。

取り返せるのに取り切らない。そこにテルマの、ある種の価値観を私は感じ取った。

③ 金額としてのリアリティ

500ドルは、本レビュー執筆時のレート換算でおよそ7,7000円くらいである。この金額は、生活困窮者にとっては重いが、人生を左右するほどではない。

テルマにとっても、「尊厳を取り戻した」という成果と引き換えに切り捨てられる範囲かもしれない。

つまり、

私はあなたと同じ立場に落ちない。

でも、

あなたを完全に追い詰めることもしない。

この距離感である。

テルマにとって重要だったのは「全額」ではなく、「自分の足で取り戻した」という事実である。尊厳の回復が目的なら、相手の状況も鑑みて、9,500ドルで十分だった可能性は高い。

私は、あれは“慈悲”でもあるが、**「相手を断罪しきらない老いの視線」**に近いと感じた。あとはまぁ、けじめとして犯人の古いCRTのPCを銃で打ち抜くから、その埋め合わせとして? 80,000円弱あれば型落ちのPC買えるでしょ。

④ 作品全体のトーンを保つため

また脚本側から見てみると、もし10,000ドルを完全回収していれば、物語は勝利のカタルシスで終わる。しかし9,500ドルという端数は、どこか柔らかい。あの余白があるから、この映画はヒーロー映画にならず、最後まで“やさしい”空気を保つ。

その意味で、500ドルは作品全体のトーンを象徴している、という一つの解釈を得ることもできる。

⑤ もし相手が若く裕福だったら?

ここで、ひとつ問いをしてみよう。

もし相手が若く健康で裕福そうだったら、テルマは満額を取りに行っただろうか? これは脚本上の明確な選択である。

上で書いた通り重複になるが、もし相手が若く、健康で、裕福で、悪意が明白だったなら――満額回収しても観客は違和感を持たない。むしろカタルシスとして成立する。しかし、今作の相手はそうではない。

テルマは相手を「悪」として断罪するよりも、「年老いた同類」として見た可能性がある。哀れみではないと私は言ったが、しかし哀れみという言葉も的確だ。ただしそれは上からの慈悲ではなく、

“もしかしたら私も、少し違えばあちら側だったかもしれない”

という想像力を伴うテルマの想いではないか。だから、500ドルを残す。

勘違いしてほしくないのは、「私もオレオレ詐欺をしたかもしれない」ということではない。犯罪こそ選ばなくとも、負の感情を抱いていたのかも、いや実際に老いに対して抱いているからこその、……う~ん?

難しくて言語化できますん
 

要するに、それは金銭的合理性ではなく、倫理的バランスである。

  • 自分は被害者である
  • しかし相手を完全に潰すほど残酷にはなれない

その中間点が9,500ドルだったのだ。

“取り返せるのに、あえて取り切らなかった””慈悲を与えた”態度そのものが、テルマの人間性を示しているのではないか。

 

こんな人にオススメ!

映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』は、単なる高齢者コメディではない。笑いと温かさの奥に、老いと尊厳というテーマが横たわっている。以下のような人には特に刺さるはずである。

  • スカッと系の復讐劇よりも、人間ドラマをじっくり味わいたい人
  • 祖父母や家族との関係を改めて考えてみたい人
  • 「老い」と「自立」というテーマに関心がある人
  • 派手ではないが、静かに心に残る映画を探している人

冒頭の映画説明にあるような、アクションと呼べるアクションシーンはない。しかし、笑いながらもどこか考えさせられる映画を求めるなら、本作は確実に応えてくれる。

.方向性は違うけど。若さとは。老いとは。.

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老いは弱さか、それとも意志か

『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ』は、詐欺被害から始まる物語である。だが本質は、復讐ではない。尊厳の回復である。

満額ではなく9,500ドルという選択。そこに象徴されるのは、勝ち負けではなく“どう在りたいか”という姿勢である。

老いは衰えである。しかし同時に、線を引く力でもある。本作はそれを静かに示す。

いつか自分が老いたとき、どう振る舞うのか。家族とどう向き合うのか。その問いを、やさしく、しかし確実に残してくる映画である。

派手ではない。だが確実に心に残る一本であった。

 

映画『テルマがゆく! 93歳のやさしいリベンジ(2024年)』の作品情報まとめ(監督・キャスト・配信情報など)

  • 監督:ジョシュ・マーゴリン
  • 出演:ジューン・スキッブ, フレッド・ヘッキンジャー, リチャード・ラウンドトゥリー, パーカー・ポージー
  • 公開年:2024年
  • 上映時間:94分
  • ジャンル:アクション, コメディ

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