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映画『ステージ・マザー』感想・考察|ドラァグバーで居場所を見つけた母の第二の人生

『ステージ・マザー』は、2020年公開のカナダのヒューマンドラマ映画。監督・トム・フィッツジェラルド、脚本・ブラッド・ヘンニクにより制作された。
疎遠だった息子の死をきっかけに、保守的な母親がゲイバーを引き継ぐことになる姿を描いた作品である。
テキサスで厳格なキリスト教生活を送るメイベリンは、長年疎遠だった息子リッキーの死を知らされる。サンフランシスコを訪れた彼女は、息子がドラァグクイーンとしてゲイバーを経営していたことを知り、その店を相続することになる。最初は戸惑いながらも、店の仲間たちと関わる中で、少しずつ自分自身の価値観や人生を見つめ直していく。
メイベリンをジャッキー・ウィーヴァーが演じる。共演はルーシー・リュー、エイドリアン・グレニアー、マイア・テイラーほか。
(字幕版)ステージ・マザー

(字幕版)ステージ・マザー

  • ジャッキー ウィーヴァー
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地方の教会で静かに余生を送っていた保守的な女性が、亡き息子の残したドラァグバーを引き継ぐことになる――。映画『ステージ・マザー』は、価値観も世代もまったく異なる人々が、少しずつ心を通わせていくヒューマンドラマである。笑いあり、涙あり、そして音楽あり。鑑賞後にじんわりと温かさが残る一本だ。

ドラァグクイーン(Drag Queen)とは、誇張された女性表現をパフォーマンスとして行う表現者のことである。その起源はかつての演劇界において男性が女性役を演じたことに由来するが、現代ではジェンダーの枠を超えた自己表現のアートフォームとして広く認知されている。華やかなメイクアップ、煌びやかな衣装、高いヒール――これらは単なる仮装ではなく、アイデンティティや社会的メッセージ、あるいは純粋なエンターテインメントを体現する表現手段である。「ドラァグ(Drag)」という語は、長いドレスの裾を床に引きずる動作に由来するという説が広く知られている。

主人公メイベリンを演じるのは、アカデミー賞受賞女優のジャッキー・ウィーヴァー。息子を亡くした悲しみを抱えながらも、慣れないドラァグの世界へと踏み込んでいく母親の戸惑いと、不器用ながらも滲み出る優しさを、説得力ある演技で体現している。

共演にはルーシー・リュー、そしてドラァグパフォーマー役として圧倒的な存在感を示すエイドリアン・グレニアーが名を連ねる。個性豊かなキャストが織りなすアンサンブルが、作品全体に独特のリズムと温度をもたらしている。

LGBTQをテーマにした映画でありながら、本作が本当に描こうとしているのは"正しい理解"ではなく"居場所の感覚"ではないだろうか。華やかなステージの裏側で、不器用な人々がゆっくりと家族のような絆を育んでいく。その過程が、ユーモアと音楽に包まれながら丁寧に描かれた、静かに刺さるヒューマンドラマである。

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成功譚ではなく、受け入れる物語

映画『ステージ・マザー』の本質は、『グレイテスト・ショーマン』や『This is I』のような、LGBTQ+の人々の成功や自己実現を描く作品とは一線を画す。なにしろ主人公・メイベリン(ジャッキー・ウィーヴァー)はシスコム(性的マイノリティではない人物)なのだから。

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本作のストーリーは王道寄りでありながら、登場人物一人ひとりを丁寧にすくい上げる。多くのキャラクターがゲイや性的マイノリティである一方、その悩みは差別や偏見だけにとどまらない。恋人を失って悲しむ者、薬物に依存してしまう者、ゲイでありながら女性の妻を持つ者――それぞれの事情はまったく異なる。メイベリンはその一人ひとりと真摯に向き合い、そっと寄り添いながら関係を紡いでいく。

息子の死後にはじめて知る、彼が生きていた人生。その世界を通じて、メイベリン自身の価値観も静かに変容していく。

本作はLGBTQをテーマに扱っているが、その核心にあるのは偏見告発のような対立構造ではない。メイベリンが「コミュニティの一員として受け入れられていく過程」こそが、この映画の中心軸だ。

彼女がシスコムであるからこそ、物語は性的マイノリティの内側からではなく、少し俯瞰した視点で描かれる。そのスタンスに共鳴する言葉が、あるTV番組で紹介されていた。

完全に理解できなくてもいい。ただ、受け入れることが大事だ。

「理解しよう」なんておこがましい。苦しみや悲しみの本当のところは、当事者にしかわからないのだから。

上映時間93分とコンパクトながら、駆け足感はない。当初メイベリンを警戒していた人々が彼女を受け入れ、メイベリン自身もまた息子の生きた姿を受け入れていく――その変化を丁寧に追う。一方で、夫だけは最後まで歩み寄ろうとしない。それもまた現実だし、彼を否定もできない。本作はそういった意味での「多様性」も、静かに描く。

冒頭から息子の突然の死、性的マイノリティといった触れにくいテーマを扱いながら、暗くなりすぎず、かといって過度に煌びやかでもない。ただ静かに問いかけてくる。――あなたの"今"の居場所は、どこにありますか?


映画『ステージ・マザー』は、「メイカイサラドックの諸行無常で支離滅裂!」様の記事から触発されて視聴しました! そちらも是非ご覧ください。

lovejunkey.hatenablog.com

 

経営の才覚ではなく、優しさで信頼を紡ぐ

※ここからネタバレを含みます!

本作の見どころは、主人公が外側から力でねじ伏せるのではなく、内側からじわじわと認められていく過程にある。

息子リッキーが経営していたゲイバーは、彼の死と人気キャストの離脱が重なり、客足が遠のいて赤字続きだった。メイベリンは息子の意志を継ぎ、この店を甦らせようと立ち上がる。

こうした経営立て直しの物語といえば、実は凄腕の経営者だったとか、皆でアイデアを出し合って一気に成り上がる痛快サクセスストーリーが定番だ。しかしメイベリンは、経営経験のない一介の主婦である。ド素人もいいところで、職業経験があるかも怪しい。

それでも彼女は、がむしゃらに動き回るわけでも、強引に店を変えようとするわけでもない。ただ亡き息子の想いを探し、静かにそれを追い求めていくだけだ。その姿勢が、息子の仲間たちの心を少しずつほぐしていく。

奇抜なアイデアで180度刷新する物語もそれはそれで面白い。でも本作のメイベリンは大きく変えようとはしない。ただ静かに、息子の想いを仕事に重ねていくだけである。だからこそ本作は、スッキリ爽快な快進撃ではなく、じっくりと心に沁み入るヒューマンドラマとして成立している。

そうした積み重ねが従業員とのわだかまりを解消し、結果として経営破綻の危機を回避する。つまり本作は、経営戦略を楽しむ映画ではない。優しさに包まれて、結果として店が持ち直した――その物語をじっくり味わう映画なのである。

 

メイベリンが夫の元へ戻らなかった理由――居場所を見つけた女の選択

終盤、バーを立て直したメイベリンは一度夫の元へ戻る。ここで物語は完結かと思いきや、彼女は再びバーへ戻っていく。なぜか。それは「役目が終わったから戻った」のではなく、「ここが自分の居場所だ」とはじめて確信したからだ。

前半のメイベリンは、宗教的価値観と保守的な生活の中で「母親」「妻」という役割だけを生きてきた人物だ。息子リッキーとも長年断絶しており、自分の人生を自分で選んだことがない女性である。

しかしバーで過ごす中で、彼女ははじめて「誰かに必要とされる感覚」を得る。しかもそれは、教会コミュニティのような建前の繋がりとは違う。ドラァグクイーンたちの不完全さや孤独を、そのまま受け止めることで成立している関係だ。

だから終盤の選択は、バー経営の成功、息子への贖罪、仲間との絆――そのすべてを経て「私はここにいていい」という感覚を得た、その結果なのだと思う。

夫との関係は、完全に破綻しているわけではない。ただ、夫の元へ戻ることは「何も変わらなかった自分」へ戻ることでもある。彼は最後まで歩み寄ろうとしなかったが、それを責めることもできない。それもまた、現実のひとつの形だ。

つまりメイベリンは、

バーを救ったから残った

のではなく、

バーでようやく自分自身を見つけたから戻った

のである。

この映画、表面的には「保守的な母親がドラァグ文化を理解する話」に見える。でも実際はかなり強く、"第二の人生"の物語として作られている。そこが、単なるLGBTQ映画の文脈では語り切れない、本作の奥行きだと私は思う。

 

『ステージ・マザー』はこんな人におすすめ

派手さはない。爽快な逆転劇もない。でも、静かにじんわりと残る映画が好きな人には、刺さる一本だと思う。特にこういう人には観てほしい。

  • LGBTQテーマに興味はあるが、説教くさい映画は苦手な人
  • 「家族」の形や「居場所」について、ぼんやり考えたことがある人
  • 上映時間が短めで、サクッと観られるヒューマンドラマを探している人

逆に、痛快なサクセスストーリーやドラマチックな展開を求めている人には、少し物足りなく感じるかもしれない。本作はそういう映画ではないので、正直に言っておく。

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静かに、でも確かに残る映画だった

映画『ステージ・マザー』は、派手に泣かせにも来ないし、感動を押しつけてもこない。ただ静かに、メイベリンという一人の女性が「息子の人生」「自分の人生」を取り戻していく様子を見守らせてくれる映画だ。

観終わったあと、しばらく余韻が残った。それは悲しいわけでも、嬉しいわけでもなく、なんというか――「自分の居場所って、どこだろう」と、ふと考えさせられる種類の余韻だった。

派手な映画ばかり観ていると、たまにこういう一本が妙に沁みる。アマゾンプライムビデオで静かに眠っている良作のひとつとして、ぜひ手に取ってみてほしい。

 

映画『ステージ・マザー(2020年)』の作品情報まとめ(監督・キャスト・配信情報など)

  • 監督:トム・フィッツジェラルド
  • 出演: ジャッキー ウィーヴァー, ルーシー・リュー, エイドリアン グレニアー, マイア・テイラー, アリスター・マクドナルド
  • 公開年:2020年
  • 上映時間:93分
  • ジャンル:ヒューマンドラマ

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