ミニマリストの好き勝手。

ミニマリストのブログ。4LDKに1人で暮らす、精神科通いのゆる〜いセミプロのブロガー、セミプロガーのイカキム!

I am Minimalist。

ミニマリズム、ライティング&マネタイズ、SEO多め。読者登録はサイドバー『プロフィール』から☆

ミニマリストのアイデンティティ。人の人生を見、得られるモノ。

今日も今日トテ、スマホで書き込みPC編集。

イカキム(@イカキム)ですコンニチハ!

ミニマリストセミプロガーです!

 

 

人はいずれ、亡くなるのです。

私も、アナタも、どんなにお金持ちでも、貧乏でも。

その決定に抗うコトはできません。

人生はモチロン人それぞれですが、死ぬコトだけは必ず訪れる"運命"なのです。

www.youtube.com

 

ベートーベン交響曲第五番『運命』。

交響曲第五番は、俗に「運命交響曲」とも呼ばれています。そもそも「運命」という題名はベートーベンがつけたわけではなく、弟子兼秘書のシンドラーからの「先生、この出だしのダダダダーンっていう音は何を表しているのですか?」という質問に対し、ベートーベンが「それは運命がドアを叩く音だ」と答えたことから「運命」という標題で呼ばれるようになったと言われています。

www.beethovenmaster.com

 

「だだだだーん!」は、『運命』以外にも度々ベートーベンの楽曲に登場するそうです。

彼が難聴であったコトはご存知でしょうが、「だだだだーん!」に軽やかな、また楽しさを感じる人はいないと思います。

悲壮のような、絶望のような。

それでも途中、明るい曲調になる場面も何度かございます。

 

彼は難聴に抗って、歴史に数々の楽曲を残しました。

死には抗えませんが、それまでの人生を如何に謳歌するのかを物語っているようにも私は感じます。

 

 

おじさんが亡くなりました。

“おじさん”といっても、実際は母親の母親のお兄さんです。

96歳の大往生です。

 

彼はなんの為に生き、そして亡くなったのか。

今回は彼を通して、自分自身というものを考えたいと思います。

 

終わり無き線路の写真。

 

 

おじさん。祖母のお兄さん。

彼は右腕の肘から先がありません。

太平洋戦争で戦地・満州へと赴き、無くしたのです。

背丈は当時の人とは思えない、身長180cmほどもある立派な体格です。

 

彼には子どもがおりませんでしたが、長年連れ添う奥さんがおりました。

奥さんもまた、8年ほど前に他界しました。

奥さんが亡くなるまでの5年間、彼は寝たきりになってしまった奥さんの介護をしていました。

2人ともすでに高齢です。

私の母や祖母が介護のお手伝いを申し出ても、彼は誰の助けも借りず、献身的に奥さんの介護にあたりました。

 

 

そうして、奥さんが亡くなりました。

突然の死ではなく、解っていたコトなのです。

奥さんが亡くなりほどなくして、彼は痴呆が始まりました。

最愛の人をなくした哀しさと、それまで張り詰めていた糸が緩んだのでしょう。

意味のわからないことをのたまい、夜な夜な徘徊しはじめました。

幸い、彼は集合住宅に暮らしていたので、お隣さんや管理人さんが出来る限りの手助けをしてくれました。 

 

そして、彼は毎日、字を書くのです。

彼は昔から書道が趣味でした。

右手は無いので左手で書くのです。

かなりの達筆で、個展を開いたコトもあるほどなのです。

毎日毎日、言葉として他人には意味の持たない声を発し、徘徊し、そして筆をとるのです。

痴呆が進行しても、彼の描く字に、全く衰えはありませんでした。

 

そうして、さらに痴呆が悪化して、親族だけでは看ることができなくなり、介護施設でお世話をしてもらうコトになりました。

子どものいない彼は、かつて私を孫のように可愛がってくれましたが、たまに会いに行っても、私が誰だかよくわからないふうでした。

最期は、自分が何者なのかも忘れているようでした。

 

 

それでも。

 

 

介護施設の壁に、筆で描かれた見事な字を見つけました。

左下には彼の名前が小さく、これまた見事な字で書かれていました。

介護士の方がおっしゃいます。

「趣味のお時間があるんですけど、本当に、美しい字をお書きになるんですよ。」

 

毎日毎日、排泄も1人ではできなくなってなお、筆は手にとるのだそうです。

壁にかかった彼の描く字に、全く衰えはありませんでした。

 

 

彼は亡くなりました。

その身一つで、亡くなりました。

 

 

私は、自分にとって最も大切な何かを見つけるために、ミニマリストになりました。

 

まだ、わかっていません。

 

モノかもしれない。コトかもしれない。ヒトかもしれない。

自分にとって最も大切な何かが見つかれば、人生は輝くと信じて、ミニマリストになりました。

 

まだ、見つけられていません。

 

余分なものを削ぎ落としていった先、見つけられると信じています。

それが自分自身だと、いまは思います。

 

 

彼、おじさんにとって、最も大切なものは何だったのでしょう。

書くことだったのか、残すことだったのか、忘れることだったのか。

それは彼にしかわからないものです。

しかしながら、書くことが、彼自身であったことは間違いないと思います。

 

 

彼を送って、私は私の自分自身を見つけ続けたいと思います。

 

 

イカキムでした!

 

 

道と書かれた文字が額縁に入れられている。

 

 

2019/1/24。加筆修正。