のんびり映画帳

映画レビューブログ「のんびり映画帳」。B級映画、配信作品、名作から地雷まで本音レビュー。感想だけでなく、独自の意見や考察を交えます。できるだけネタバレは控えています。

ホーム feedly お問い合せ PrivacyPolicy

映画『好きにならずにいられない(2016年)』感想レビュー|フーシの静かな変化と“愛すること”の物語

中年男性が、一人の女性との出会いで人生を動かし始める物語

映画『好きにならずにいられない(Virgin Mountain)』感想レビュー

アイスランド映画『好きにならずにいられない』(原題:Fúsi/英題:Virgin Mountain)は、北欧映画らしい静かな映像美と、一人の男の生き方を描いたヒューマンドラマである。主人公フーシ(グンナル・ヨンソン)は43歳で独身。アイスランドの空港で荷物係として働き、母親と暮らしながら戦車模型・ミニチュア制作に没頭する日々を送っている。

そんな繰り返しの人生に訪れた転機が、母親の彼氏の勧めで参加したダンス教室。そこでフーシはシェヴン(イルムル・クリスチャンスドッティル)という女性と出会う。心に痛みを抱えた彼女との出会いは、フーシの「毎日の同じ日々」を少しずつ動かし始める。

スーツを着た物憂げなぽっちゃり男性

物憂げなぽっちゃり男性

■ 高評価映画に疲れた末に、この作品へ

直近に視聴した二作品(邦画とだけ)が高レビューにも関わらずハズレ(私には合わず)で、エンドロールまで耐えられずに撤退、フラストレーションを溜め込んだまま眠りについた私。やはり、レビュー評価は当てにならないものである。とくにレビューの母数が少ない新作や、アイドルとかが主演で出てたりするとこういう現象が起こりやすい。「イマイチだったけど、~が出演してるから★5!」とかいうの止めようぜマジで……。

二作連続で映画の最後までたどり着けないとなれば、さすがに次の作品は警戒するものである。配信サイトでの評価に加え、外部サイトでもチェック、その末にたどり着いたのが北欧の映画『好きにならずにいられない』であった。…。出会った。

アイスランドだから北欧映画だよね?

作中では英語じゃない、聞いたことのない言葉で喋っている。調べによると、アイスランドの公用語はアイスランド語らしい。まんまやないかい。日本の公用語が日本語なくらいまんまである。もっとも、日本は法令によって公用語を規定していないというが。

聞き慣れない発音が逆にリアルで、世界観に引き込まれる。

本作はベルリン国際映画祭やトライベッカ映画祭で賞を受けており、静かに話題になった作品であるようだ。

■ タイトルと内容のギャップ

ともかくとして、邦題の『好きにならずにいられない』と宣材ビジュアルにはセンスを感じない。製作した人はこの映画を視聴したのか疑わしいくらいだ。作品内容の実際とのギャップを狙ったのかもしれないが、それでも野暮ったい。

アイスランドの公用語同様に原題『Fúsi(フーシ)』そのまんまで良かったろうに。

本作は本レビューのサムネから想像させられるようなラブコメディではなく、がっつり恋愛映画というわけでもない。ただ一人の「フーシ」という男の、人生の一部を切り取った映画である。彼の優しさ、その愛情が、じんわりと心に残る。

▶ 読みたいところだけチェック

 

『好きにならずにいられない』あらすじ

フーシは四十三歳の独身男性で、空港の荷物係として淡々と働いている。趣味は戦場ジオラマ作りやラジコン、ヘビメタを愛する陰キャであり、同僚からからかわれることも多い。母親の恋人に勧められて行ったダンス教室で、心に傷を抱えた小柄な女性シェヴンと出会う。最初は不器用にしか振る舞えなかったフーシだが、少しずつ日常の振る舞いや価値観がほぐれていき、他者と繋がることの戸惑いと小さな喜びが描かれていく。北欧の静かな風景とユーモアを織り交ぜながら、孤独な男の成長と恋の始まりを静かに見つめる物語である。

静かな北欧映画『好きにならずにいられない』の魅力とテンポ感

映画『好きにならずにいられない』(Virgin Mountain/Fúsi)は、冒頭から悲しげな音楽で始まって、モテない男の悲壮感が漂ってくる。まずは寂しそうなフーシを演出していて、これからどんな劇的な展開が始まるんだろう――と期待を抱かせる導入。あらすじから『Shall We Dance?』みたいな道筋を私は想像していた。まぁアレも、ラブロマンスではないのだけれど。

しかし実際は、それほどドラマティックではなかった。もっと静かで慎ましい物語だ。

大きく波打つこともなく、目立った事件も起きないが、それでも雰囲気は良い。淡々とストーリーが進むのに、魅入ってしまう映画と、退屈な映画があるのはどうしてだろうか。本作は断然前者である。

Lento(遅く、ゆるやかに)っぽいテンポだが、それでも退屈しない。ゆっくりと日常を描きながら、フーシの世界に少しずつ変化が訪れる。派手な演出はない。戦車模型作り、空港での仕事、母親との日常――そうした繰り返しの日々に、決して華々しくはないがシェヴンとの出会いによる小さなロマンス、愛にそっと滲む。これこそが本作の魅力であり、北欧映画らしい静謐さである。

その繊細な情動が、良い。

シーンの一つ一つが丁寧に表現されていて、ゆっくりじっくりと進行するからか、上映時間は95分と短めであるのに、すごく濃密に感じる。体感時間は実際より長く感じられた。大変に、余韻のある映画だ。

一歩一歩、雪を踏みしめ足跡を残すような。

後半に差し掛かろうがクライマックスだろうがリズムは変わらず”Lento”のままである。にもかかわらず、最初のフーシとは繊細微小だけれどしかし明らかに違う男になっている。見た目からも余裕があるような風格の彼だが、なお余裕を持ててしまったような。確かな「人生の転機」が描かれているのだ。

映画『好きにならずにいられない』とは、一人の男の静かな変化を記録した作品である。フーシのこれからの人生が、少しでも温かいものであるよう願わずにはいられない。

 

主人公フーシという男の魅力と「変わらない強さ」「変わる傾き」

映画『好きにならずにいられない』(Virgin Mountain/Fúsi)の主人公フーシは43歳で独身、太っていて髪は薄い。その風貌から、職場の同僚にからかわれ、近所からは変人扱いされている。少なくとも、清潔感はない。

しかし彼は意に介さないというか、同僚から嫌がらせを受けてもことを荒立てようとはしないし、変質者と疑われても落ち込んだり傷ついたりした様子は見せない。それは諦めとは違っていて、彼の日常として、彼自身が受け入れているような。そんな描き方がされていると私は感じた。

動じない余裕?「これでいい」「あるがままに」。そんな感じ。

周りからみればフーシは太っていて女性からもモテない、さえない人間である。しかし彼には同じ趣味を持つ友人がいて、ラジオDJからは気に入られており、手先が器用で料理ができる。車の修理だって得意だ。彼は彼自身、満たされている。だから周りから何を言われようと変わらないし、変わりたいとも思っていない。メタ視点の私から見れば、カッコ良くすら感じる。

こんな風に生きてみたい。

それでも人生とは奇妙なもので、シェヴンとの出会いによってフーシに人生の転機が訪れる。転機と言っても、フーシは彼女に気に入られたいとか、痩せようとかは考えない。見栄を張ったり、外見を磨いたりはしないのだ。ただ、あるがままの自分で、彼女を愛する。愛されたいのではなく、愛したいのだ。それは彼の生き方の核であり、最大の魅力である。

そこがまた、カッコイイ。

女性を想うのは初めて、かどうかはわからないが、シェヴンを愛することによって彼は変わっていく。さっきと言ってることが違うじゃないかと思うかもしれないが、これは説明が難しい。彼は変わらないんだけれども、変わるんだよ。何と言ったらいいのか……。こう、表面的な”もの”や”こと”じゃなくて、内面的な、「人からどう」、ではなく、「自分はこうしたい」という風に。これは恋愛映画というより、人生の映画である。

彼は彼自身のままだ。しかし愛する人ができたことで、世界を見る角度が少しだけ傾く。そのわずかな変化こそが、北欧映画『好きにならずにいられない』が伝える“人生の転機”である。

そういえば、さいきんそんな日本映画を観た。

www.ikakimchi.biz

こっちのほうは伊藤万理華が可愛いくて愛されキャラなんだけど(異性からは)。

ある意味で、フーシは強い男である。周りを気にせず好きなように生きて、愛する女性が出来ても、無理に自分を変えようとはしない。ただ、好きなように、彼女を愛していく。それだけなのだ。

 

恋愛で人は「変わる」「変わらない」

私とフーシを比べて見るとどうだろう。

今は落ち着いたが、私は恋多き人間だった。たぶん、私は平均よりモテるし、平均より関係を持っているだろう。相手は年下だったり年上だったり、同い年は……、そういえば同い年はいないな。子持ちだったりバツイチだったり。さまざまな恋愛をしてきた。相手によって環境も価値観も違い、人との関係の中で自分を作ってきた人間だ。

そのたびに、私も変わってきた。

私とフーシの同じところは、恋愛によって「変わった」というところだろう。そしてその変化は、相手からの働きかけでなく、自身によってもたらされたというものである。物の見方だったり価値観だったり、それはフーシは非常にわずかな変化で、私はかなり大きな変わりようだが、両者ともに“自分の意思で変わろうとした”点では同じだ。

恋愛は人を変える。

そして私とフーシの異なるところは、「変わらなかった」というところだろう。私は相手が誰であろうと変わらず「愛されたい」と思ったり、よく見られたくて虚勢を張ったりした。相手によって自分を演じ、求められたいと願ってしまう。けれどフーシは違う。彼は自分を飾らず、見返りを求めず、ただシェヴンを愛する。愛されたいのではなく、愛したいから愛する。それ以上でもそれ以下でもない。私と大きく異なる点である。

そしてフーシのような生き方は、誰にでもできることではないのかもしれない。

本作のレビューを拝見すると、誰もがフーシの今後を応援し、幸せになって欲しいと願う声が多い。映画を観た人たちがそんな風に思うのは、彼のそういう姿勢からなのではないだろうか。

だからこそ、彼はカッコいい。

.恋愛によって変わったり変わらなかったりする映画はコチラ.

www.ikakimchi.biz

 

こんな人にオススメ!

映画『好きにならずにいられない』は大きな事件も起きないし、劇的な告白や感動的なクライマックスもない。けれど、静かな変化や、言葉にならない情動を丁寧に描いた作品である。

  • 派手なドラマよりも、日常の揺らぎや感情の変化を味わいたい人
  • 『パターソン』のような、静かな人間ドラマが好きな人
  • 恋愛に「愛されること」ではなく、「愛すること」の意味を見出したい人
  • ゆっくりとした時間の流れ、北欧映画の空気感を楽しめる人

 


終わりに

北欧映画『好きにならずにいられない』は、孤独でも悲劇でもなく、「ひとりの人間の日常の延長にある恋愛」を描いた作品である。フーシは劇的に変わるわけではない。ただ、少しだけ世界の見え方を変え、自分の足で前へ進み始める。その一歩が小さいからこそ、胸に残る。

派手さはないけれど、静かに、確かに、心を動かしてくる映画だ。観終わったあと、自分の生活や大切な人の顔を思い出してしまう――そういう余韻がある。フーシのこれからの日々が良きものであるように、と自然と願ってしまうのも納得なのだ。

🎬 『好きにならずにいられない』はAmazonプライムで配信中

 

映画『好きにならずにいられない(2016年)』の作品情報まとめ(監督・キャスト・配信情報など)

  • 監督:ダーグル・カウリ
  • 出演:グンナル・ヨンソン, イルムル・クリスチャンスドッティル
  • 公開年:2016年
  • 上映時間:95分
  • ジャンル:ロマンス, ドラマ

当サイトはアマゾンアソシエイト・プログラムの参加者です。
適格販売により収入を得ています。

© 2023– のんびり映画帳